難民とLGBT:世界における人権侵害の状況

資料集

世界では、性的指向・性自認を理由に迫害を受け、または迫害を受けるおそれから、国外に避難する人々がいます。2019年時点で、同性間の性行為が刑罰の対象とされているのは70か国以上あり、そのうち6か国では死刑と定められています1。法律で禁止されている同性間の性行為に及んだ場合だけでなく、同性愛者やトランスジェンダーであることが周囲に知られただけでも迫害や重大な人権侵害の対象となる場合もあります。

世界人権宣言の第一条は「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等」としています。すなわち、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(以下、LGBT2)を含むすべての人は、生命、安全及びプライバシーに対する権利、拷問及び恣意的な逮捕や拘禁からの自由、差別からの自由、表現・結社、平和的集会の自由など国際人権法で保障された権利を有しています3。2000年以降、同性婚(27か国)やパートナーシップ(31か国)、同性カップルの養子縁組(27か国)など同性カップルの関係を法的に認める国や、LGBTに対する差別禁止法を制定している国の数は増加しており4、LGBTの人権を取り巻く環境は一定の改善傾向が見られます。

また、欧米諸国を中心に1990年代以降徐々に、LGBTであることを理由に迫害を受けるおそれがあると訴える難民申請者5が、難民の地位に関する条約(以下、難民条約)に基づく難民として認められるようになり6、日本でも、2018年、同性愛者であることを理由とした迫害のおそれを主張した難民申請者に対して、難民の地位が初めて認定されました7。UNHCRも2012年に発行したガイドライン8において、「性的指向および/またはジェンダー・アイデンティティを理由とする迫害から避難してきた人々が、(中略)難民としての資格を有する場合があるという認識は、多くの庇護国で高まりつつある」と述べているように、現在ではLGBT難民が条約上の難民に該当するという認識が国際的に定着してきています。

このように、LGBTの権利や、LGBT難民の庇護に対する認識が世界的に高まる一方、前述のように多くの国々で迫害や重大な人権侵害が報告されています。難民研究フォーラムでは、LGBTまたは同性愛行為を犯罪と定めている国を中心に、以下のレポート等をまとめました。

  • LGBTに関し犯罪行為と規定している国マッピング
  • LGBTに関する迫害状況 国別一覧・レポート

マッピング

2019年末現在、「LGBTであること」や「同性間の性行為」などを刑法において犯罪としている国をマッピングしました。各国の状況の詳細は、一覧・レポートをご覧ください。

※色表示:赤:死刑(あり、可能) オレンジ:刑期上限が10年以上~終身刑 黄色:刑期上限が8年以下 グレー:実質的に「犯罪化(Criminalization)」されている 水色:その他

上記のマップから明らかなように、LGBTや同性間の性行為などを違法とする国の多くは、中東とアフリカに集中していますが、アジア・カリブ海地域などにも存在します。性行為など異性間であれば合法な特定の行為が、同性間の場合は両者の合意の上であっても「犯罪」とされることに対して、国連人権理事会は、自由権規約9で保障された「プライバシーと差別からの自由の権利」の侵害であると指摘しています。それにもかかわらず、依然として、多くの国でLGBTは取り締まりの対象となり、罰金や懲役刑、死刑を科せられている現状があります。また、社会的・宗教的な理由に基づく同性愛嫌悪により、LGBTが私人による重大な差別、暴力、殺害などの危険に晒されている事例も報告されています10

一覧・レポート

LGBTであることや同性間の性行為などに刑罰を科している国を対象に調査を行い、各国の法律の内容に加えて、実際に報告された迫害や重大な人権侵害、差別の事例を収集しました。また、LGBTであることを理由に迫害を受けた(受けるおそれがある)ことを理由に難民申請をした事例を集めて、難民の認定・不認定にかかわらず掲載しています。さらに、LGBTの権利のための活動を行っている国際NGO「国際レズビアン・ゲイ協会」が2019年に発行した2つのレポート 11の中で、特に重要だと思われる認定・不認定事例を抜粋して記載しました。 

※レポートは誤字を訂正し差し替えました(2020/12/24)。


本調査で取り上げるLGBTに対する迫害や重大な人権侵害は、日本に暮らす私たちと無関係な出来事ではありません。難民条約が採択されて以降、条約で定められた迫害理由の一つである「特定の社会的集団の構成員」の解釈は発展し、条約採択時には想定されていなかった迫害に対しても庇護の対象となる人が拡大しています。しかし、そもそも難民条約の解釈が狭く厳しいと指摘される日本では、LGBT難民もまた、長年、条約上の難民に該当しないとされてきました。日本が国際的な潮流にあわせて庇護の対象となる人を拡大し、2018年にLGBT難民を初認定したことは歓迎されると同時に、その基準が再び後退されないよう関心が向けられることも大切です。

また、日本に避難してきたLGBT難民が、安心して新たな生活を築いていくためには、政府が適切な難民保護制度を整備していくとともに、社会においてもLGBTへの差別の撤廃などを進めていく必要があります。

本調査の情報を通じて、世界でのLGBTの人権状況に対する認識が広がり、また、翻って日本の難民保護や、日本におけるLGBTの状況に関する関心が高まることを期待しています。

  1. イエメン、イラン、サウジアラビア、スーダン、ソマリア、ナイジェリアの6か国。またアフガニスタン、アラブ首長国連邦、カタール、パキスタン、モーリタニアでも死刑に処される可能性が法律上は残されている(ILGA “STATE-SPONSORED HOMOPHOBIA REPORT 2019”)。[]
  2. 本報告では、セクシュアルマイノリティの人々を指す総称として「LGBT」を用いる。より多様な性や性的指向を包摂しうる言葉として「LGBTI」、「LGBTQ+」、「LGBTIQ+」または異性愛やシスジェンダーも含め、性的指向や性自認を総称する言葉として「SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)」など、より広義な用語も存在するが、より一般的に知られている用語である「LGBT」を使用する。[]
  3. United Nations Human Rights Council “General Assembly: Discriminatory laws and practices and acts of violence against individuals based on their sexual orientation and gender identity”, para 5 [ https://undocs.org/A/HRC/19/41 ] (26/11/2020).[]
  4. ILGA “State-Sponsored Homophobia report”[ https://ilga.org/state-sponsored-homophobia-report-2019 ], “STATE-SPONSORED HOMOPHOBIA REPORT 2019: GLOBAL LEGISLATION OVERVIEW UPDATE” [ https://ilga.org/state-sponsored-homophobia-report-2019-global-legislation-overview ] (なお、同レポートの2020年版(Global Legislation Overview update)が2020年12月15日に発表された。)[]
  5. 本調査では「LGBTであることにより、迫害を受け、または迫害を受けるおそれから、国外に避難し、他国で庇護を求めた人」を「LGBT難民」と表記する。[]
  6. 2000年までに少なくともアメリカ、イギリス、オーストラリア、オランダ、ドイツ、ニュージーランド、フィンランド、ベルギーの8か国でLGBT難民に対して難民条約に基づく難民の地位が認められている(LaVioletta 2010)。[]
  7. 朝日新聞「同性愛理由に母国で迫害の恐れ 政府が難民認定」[ https://www.asahi.com/articles/ASM723SMMM72UTIL00Y.html ](2020年11月26日)。[]
  8. 国際的保護に関するガイドライン第9号:難民の地位に関する1951年条約第1(A)2および/または1967年議定書の文脈における、性的指向および/またはジェンダー・アイデンティティを理由とする難民申請[https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/protect/Guidelines_on_IP_9_Sexual_Orientation-Gender_Identity.pdf]。[]
  9. 正式には「市民的及び政治的権利に関する国際規約」。第17条で「プライバシー、名誉、信用の保護」、第26条で「法の下の平等。人種・民族は元より、性別や年齢、思想などあらゆる差別の禁止」を定めている(外務省「国際人権規約」[ https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/index.html ])。[]
  10. 本調査の対象は、「LGBTまたは同性愛行為を犯罪としている国」に限定されている。それは、LGBTまたは同性愛行為を犯罪としていない国々において、LGBTが迫害や重大な人権侵害の被害にあうおそれがない、ということを意味しない。その他の国や地域においても、宗教、文化、慣習などによってLGBTに対する迫害や重大な人権侵害の被害を受ける事例が報告されている点には留意が必要である。[]
  11. op.cit.supra note 4.[]
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