[事例集]送還された難民・難民申請者とその後

掲載日:2020年4月17日(金)
PDFはこちらから

「難民を彼らが迫害の危険に直面する国へ送還してはならない」

 ノン・ルフールマン原則として知られるこの基本原則は「難民保護の礎石」と言われ、難民の地位に関する条約第33条(1)に明確に規定されています。この原則は、難民認定を受けた人だけでなく、難民認定申請者(以下、難民申請者)にも適用されます。難民認定の可能性がある難民申請者を、その地位が判断される前に送還・追放してはならないということは、確立された国際難民法の原則です。また、拷問等禁止条約1のような国際的人権法や、ヨーロッパ人権条約2のような地域的な人権法は、基本的人権が侵害される重大な危険性のある国へ個人を送還することを抑止しています。

 難民である人を送還した場合、出身国において深刻な迫害を受ける危険性があります。条約上の難民に該当しない場合であっても、送還先の政治・社会的状況によっては、個人の生命または身体に重大な被害が及ぶ危険性、基本的人権の侵害など深刻な被害を受ける危険性があるでしょう。国際難民法・人権法に従えば、難民申請者に対して①「条約上の難民に該当しない」という判断に加えて、②「送還しても基本的人権が侵害される重大な危険性はない」という合理的な判断がされるまでは、原則として送還してはならないのです3

 しかし、適切な難民該当性審査が行われない場合や、出身国状況の認識が誤っていた場合、難民申請者が送還され、迫害や深刻な人権侵害を受ける危険があります。実際に、送還された難民申請者がその後に殺害、拷問、拘束された事例は存在しており、送還の判断に問題があったことがこれまでも指摘されてきました。

 そこで、難民研究フォーラムは、送還後に迫害を受けた、または重大な人権侵害を受けた難民申請者の事例を調査・収集しました。送還後に迫害を受けた場合、その実態を把握することは容易ではありませんが(※)、国際機関、国際NGO、研究者などの調査によって、具体的な事例が明らかにされています。これらの事例は、送還に関する決定が慎重に行われるべきことを明示しています。


※例えば、被送還者が送還先で殺害されたとしても、国際的なニュースにならない限り、その事件の存在を把握することすら困難です。また、被送還者が強制収容された場合も、外部への連絡手段を絶たれていればその事実は明るみにでません。そのため、被送還者が受けた迫害の実態を統計的に明らかにすることは実質的に不可能であり、多くの「知られざる事例」が存在すると考えられます。

【目次】

  1. エルサルバドルにアメリカから送還された人が殺害された事例
  2. スーダンに送還された後に政府によって拷問を受けた事例
  3. コンゴ民主共和国(DRC)にイギリスから送還された人が拘禁・拷問された事例
  4. スリランカにイギリスから送還されたタミル人が拘禁・拷問・レイプされた事例
  5. ウガンダに送還されたレズビアンの難民について、イギリス高裁が送還の判断が過誤であったと認定し、イギリスへの再入国を支援するように命令した事例
  6. エリトリアに送還された難民が拷問を受ける危険性

photo by jo.sau on flicker

1.エルサルバドルにアメリカから送還された人が殺害された事例

① Camila D.(29歳) 、2019年、殺害4

トランスジェンダー女性であり、セックスワーカーであったCamila Diazはトランスジェンダーに対する暴力や脅迫から逃れ、アメリカで難民申請を行った。しかし、不認定となり、ICE5により送還された。送還から14か月後の2019年1月、エルサルバドルの首都でルームメートの友人にSNSでメッセージを送った直後から行方不明になり、翌週遺体で発見された。地元メディアや友人の証言によれば、Camilaが亡くなった夜の防犯カメラに、警察官が彼女を暴行し、倒れた彼女をピックアップトラックの後ろに乗せて運ぶ姿が映っていたという。エルサルバドルにおいて、トランスジェンダーの女性はしばしば暴力の対象とされ、Camilaも過去に複数回、暴行や脅迫を受けていた。

② Adriana. J. (年齢不明)、2017年、殺害6
エルサルバドルの警察官であったAdrianaはギャングからの脅迫を受けたため、アメリカに避難した。しかし、国際NGO、Human Rights Watchのインタビューに答えた彼女のいとこIrene. J.によれば、アメリカで収容されたAdrianaが難民申請を行うことはできなかった。その理由は、迅速な振り分け審査(expedited removal screening)において、申請自体が拒否されたからだろうとIreneは述べた。その後、2015年~2016年の間にエルサルバドルに送還されたAdrianaは、2017年に頭部と腹部に3発の弾丸を受け、遺体となって発見された。

 どちらのケースにおいても加害者が(少なくとも報道された時点においては)明らかになっていないため、難民申請時に被害者が主張していた「迫害の主体」が実際に彼女たちを殺害したのか、という点は必ずしも明らかではない。また、個々の難民該当性審査や送還のプロセスは明らかになっていないため、個別の事例におけるICEの判断に重大な過誤があったとただちに断定することはできない。
 しかし、エルサルバドルは世界で最も殺人事件の発生件数の高い国であり、失踪事件や性犯罪の件数も高く、治安部隊(security force)自体が、超法規的な殺害、性暴力、強制失踪、拷問などを行っているという報告もある7。Human Rights Watchによれば、2013年から2019年の間に、アメリカから送還された人が少なくとも138名殺害されている状況にあり、送還によって難民申請者の生命が脅かされているといえる8

  1. 拷問および他の残虐な、非人道的または品位を傷つける取扱いに関する条約(通称、拷問等禁止条約)第3条で「締約国は、いずれの者をも、その者に対する拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある他の国へ追放し、送還し又は引き渡してはならない。」と規定している。[]
  2. 正式には、人権と基本的自由の保護のための条約。送還先で被送還者が虐待などを受ける可能性がある場合、第3条で規定されている「拷問・非人道的待遇または刑罰の禁止」の違反になるという明確な司法判断が欧州人権裁判所により出されている(Chahal v. the United Kingdom (App. no.70/1995/576/662, Judgment [CG], 11. Nov. 1996, para 107)。[]
  3. ノン・ルフールマン原則については国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)「難民の権利と義務」参照。UNHCR 「難民の権利と義務」[https://www.unhcr.org/jp/right_and_duty] (最終閲覧日2020年4月13日)。[]
  4. PRI “ICE deported a trans asylum-seeker. She was killed in El Salvador,” [https://www.pri.org/stories/2020-02-13/ice-deported-trans-asylum-seeker-she-was-killed-el-salvador] (13 Apr. 2020).[]
  5. アメリカ合衆国移民・関税執行局 (U.S. Immigration and Customs Enforcement)の略称。[]
  6. Human Rights Watch. “Deported to Danger,” pp.33-34 [https://www.hrw.org/sites/default/files/report_pdf/elsalvador0220_web_0.pdf] (13 Apr. 2020).[]
  7. Human Rights Watch “El Salvador Events of 2018,” [https://www.hrw.org/world-report/2019/country-chapters/el-salvador] (13 Apr. 2020).[]
  8. 前掲注6[]